巻頭言1995

阪神・淡路大震災1995年)

 

 平成7年1月17日午前5時46分に阪神・淡路地区を突如襲った兵庫県南部地震は、多数の人的被害をはじめ、おびただしい数の家屋破壊や高架高速・鉄道の倒壊をもたらし近代都市神戸を崩壊した。あの瞬間、神戸大学の職員2名、学生39名の尊い命が失われたが、職員のうち1名は我々三緑会の会員、中條聖子先生だった。明朗快活で周囲の方々皆に好感をもたれ、多くの患者から慕われ、仕事や研究に熱心で何事にも積極的だった頑張り屋の中條先生の急逝は誠に残念至極、惜別の言葉も出なかった。悲しみは終わらなかった。322日深夜、深瀬正晃助教授が突然襲った致死的な心室細動のため不帰の客となってしまわれた。大震災以降の公私両面における心身の疲労が誘因になったことは疑う余地もなかった。24年間に渡る第三内科の発展の歴史のなかで、井村裕夫教授、藤田拓男教授、私の三代を通じてそのほとんどの期間大学医局に居て、大黒柱として第三内科医局、関連病院、同門の先生方に大きな影響力を持っていた深瀬助教授を失ったことは第三内科にとって測りしれない損失だった。人情味あふれた暖かい人柄、常に上を向いて前向きに物事を考えられていた向上心と積極性、今まさに働き盛りでこれからの10年間に更なる飛躍を皆が期待していた。しかし、おそらく深瀬先生ご自身が最も悔しく思い残念の気持ちで一杯だったに違いない。深瀬先生の無念を晴らすために、残された私達同門会の一人一人が奮起して戴きたいと思う。震災当日六甲山中で被災され骨盤骨折を負い九死に一生を得た松本純治先生、肉親を亡くされた先生方、自宅が全壊した先生方、この苦難を乗り越えられて早く平常の生活にもどられるよう祈りたい。

 平成6年暮れまでに新たに3人の教授が同門から誕生した。中尾実信先生(九州大、昭和40年卒)が藍野学院短期大学教授に、佐藤靖史先生(神戸大、昭和53年卒)が東北大学加齢医学研究所腫瘍循環研究分野教授に、菊池 章先生(神戸大、昭和57年率)が広島大学医学部生化学第一講座教授になられた。関連病院等においても国立兵庫中央病院高橋桂一院長をはじめとして鐘紡病院山本弘之助先生、淀川キリスト教病院高井恒夫先生、千船病院後藤康生先生、小野市民病院門脇誠三先生、高槻病院筒泉正春先生、兵庫中央病院陣内研二先生、北信総合病院社浦康三先生がそれぞれの病院で副院長としてご活躍されている。

 大震災の痛手に打ち勝って第三内科同門の先生方が更なる発展をとげられるよう祈念し、私自身も精一杯頑張りたいと思う。

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