巻頭言1998

形式的平等から個性尊重へ1998年)

 

 1997年(平成9年)5月に神戸市須磨区で起こった小学校6年生土師淳君殺害の容疑者として中学3年生(14歳)の少年が逮捕された事件は社会に大きな衝撃を与えた。その残酷さに加えて、学校への復讐をその犯行動機として挙げている事など教育に携わる者として背筋がぞっとする思いである。さらに冷汗三斗の気持ちにさせられるのは、容疑者の少年は特別目立って変わった少年ではなくごく普通の少年であったこと、また同年代の少年達に問いかけた報道陣の質問に容疑者の少年の気持ちはよく理解できると答えた者の数の多さである。このような事件の引き金になるような社会的状況はどの地域の子供達の周辺にも広がっていることを認識せざるを得ない。社会環境、とくに少年の生育環境において親子関係や学校教師との係わりあいなどが特異的であったのではないかという視点がある。しかし、そうでなかった場合、そうでない可能性は高いと思えるのであるが、何とも表現のすることができない不気味さと将来に対する不安を感じる。そして、和歌山ヒ素事件、まだ真相がすべて解明されていない段階で憶測するのは早計かもしれないが、もし報道が正しいとすれば、あまりにも利己的自己中心的犯罪である。

 1997年6月、第16期中央教育審議会は答申を行い、「形式的な平等から個性尊重への発想転換」を提唱し、そのなかに大学入試の多様化や評価尺度の多元化を盛り込んでいる。日本経済の破綻、景気の低迷、何もかも歯車がくるって噛みあわなくなっているように見える現状で、かなり後手に回ってしまっているが、遅れ馳せながら色々な動きが多方面で起こっている。日常生活に埋没してしまう事なく慧眼をもって状況を見極めねばならない時期である。私の周囲でも色々な情報が乱れ飛んでくる。大学制度改革のなかで大学審議会が「21世紀の大学像と今後の改革方策について─競争的環境の中で個性が輝く大学」と銘打った答申を出した。今年の第3内科関連病院会議の席で資料を提供した医師の卒後2年の臨床研修の必修化についても、約1千億円の財源調達の問題は残してはいるものの平成12年度からの実施に向けて厚生省の医療関係者審議会医師臨床研修部会は審議を重ねている。

 不透明な時代と言われて久しいが、成熟した新しい時代へ脱皮しつつある時期なのであろう。流動的な時代にはリスクとチャンスが半分ずつ存在するとも言われる。同門会の先生方のご活躍とご健勝を祈念する。

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